鹿児島ラーメンには亜細亜の風が吹いている – とんこつラーメン放浪記7
博多ラーメンや熊本ラーメンと並び称される鹿児島のとんこつラーメンだが、他に比べるといまひとつマイナーだ。東京都内で鹿児島ラーメンを探してみたものの、営業している店を見つけることはできなかった。鹿児島ラーメンを食べるには鹿児島まで行くしかないようだ。予習なしのぶっつけ本番で鹿児島ラーメンに挑戦だ。
数ある有名店の中から選んだのは『こむらさき天文館店』、鹿児島出身のエリックサウス稲田俊介氏もここのラーメンがお気に入りだという。新年営業の行列に並び、完売直前で入店することができた。メニューはチャーシュー麺のみ、選択できるのは並盛りか大盛りかだけ。並が1200円、大盛りは1550円と、九州他地域のとんこつラーメンと比べると高価格である。
出てきたラーメンはビジュアルからして一般的なとんこつラーメンとは一線を画していた。なんといっても目立つのは大量のキャベツと小さく切られたチャーシューだが、まずはスープを飲んでみる。
ここまでとんこつラーメンを食べ続けてきたので、ひとくち飲んでわかる。このスープはとんこつだけから取ったものではない。とんこつ以外にも鶏ガラなどを合わせているはずだ。スープからは塩気を強く感じる。これまでのとんこつラーメンは醤油味だったが、これは塩ラーメンだ。塩味とともにわずかな酸味も感じるのは、出汁に含まれる椎茸からきているのだろうか。スープの温度はぬるめ、少なくとも熱々ではない。
麺は中細のストレート麺で、かなりやわらかく茹でられている。20杯以上を同時に作っていたので、仕上げている間にも麺はどんどん伸びていく。そういえば麺の茹で方を指定している人はいなかったが、このオペレーションだとやわらか麺しか作れないだろう。麺自体も独特で中華麺っぽさがなく、まるでうどんのようだ。細めのうどん、もしくは太めのひやむぎといったところだろうか。具のキャベツは熱でクタッとし、甘辛に味付けされたチャーシューはみっしり固くて肉々しい。
ラーメンマニアからは盛大にディスられそうな要素が満載だ。柔らか麺やぬるめスープなんてのはマニアが最も嫌うはずだ。コクや旨みの少ない塩味スープも、しょっぱいだけと言われてしまいそう。しっとり感のない細切れチャーシューも不評だろう。だが、千切りキャベツと細かく刻まれたチャーシューから察するに、これは普通のラーメンのように、麺をすすり、スープを飲み、あいだに具をつまみ…といった食べ方をするものではなさそうだ。
麺と具をまとめてガバッと箸で取り、たっぷりのスープをまとわせて一気にすする。するとどうだろう。柔らか麺にシャキシャキ感の残るキャベツが合わさって独特の食感を生み出し、スープの塩気は全体を程よくまとめる。甘辛で肉々しいチャーシューが味と食感のアクセントになる。うまいうまいうまい。これは奇跡の一杯だ。オリジナルのようでいてオーセンティック、ニューウェーブのようでいてトラディショナル。雑に作ってるように見えたが、完璧な調和を生み出している。
博多や長浜のとんこつラーメンとはまったくの別物だとはいえ、とんこつラーメンとして大きく括った中での共通する要素も確かにある。だがそれと同時に、いやそれ以上に、さらに南方の沖縄や台湾、あるいは大陸の福建省や広東省の麺料理との共通性を強く感じる。人為的に引かれた国境線なんて易々と飛び越えて世界は繋がっている。たとえ海を隔てていても互いに影響し合い、文化は混ざり合ってグラデーションに分布していく。
これは最南端のとんこつラーメンにして、最東端の面条なのだ。
夜にはもう一軒、別の店で鹿児島ラーメンを食べた。『くろいわ』という店で、こちらも昔から営業している老舗だ。こむらさきのすぐ近くにあり、昼は行列ができていたが、夜はすんなり入店できた。
とんこつに鶏ガラなどを合わせた塩味のスープ、柔らかめに茹でられた中細麺、甘辛味のみっしりしたチャーシュー、焦がしネギは具の下ではなく上にトッピングされてビジュアル的に主張している。こむらさきよりも洗練されているが、非常によく似ている。大きく異なるのはキャベツではなくたっぷりのモヤシが具になっているところだが、麺と野菜とチャーシューの三位一体にスープをまとわせて一気にすするのは共通である。
鹿児島ラーメンが大好きになった。鹿児島ラーメンは各店舗で共通しつつも様々に個性があるという。もっと他の店でも食べてみたい。
だが、気になるものも発見してしまった。「みそラーメン」だ。
くろいわのメニューは、ラーメン、焼豚メン、みそラーメンの3種類。60年以上も続く老舗で、みそラーメンが最近になって加わったとは思えない。ならば昔からあったのだろうか? 他の店ではどうなのだろう? そういえば近くに味噌ラーメン専門店があったけど、あれはもしかしたら鹿児島風の味噌ラーメンなのだろうか? だとしたら鹿児島みそラーメンというのは、いつごろから存在するのだろう?
気になる。気になるけれど、今回はもう食べる機会がない。持ち帰りの宿題だ。
ひとつを知ると新たな疑問がひとつ増える。とんこつラーメンを巡る旅はまだまだ終わらない。
2025年1月