獣の気配、色濃く漂う – 胎蔵山

前夜の飲み過ぎで早起きできず、鳥海山行きはやめにして代わりにどこか近くの低山へと向かったのは胎蔵山。標高は2236mから729mへと大暴落だが、いちおう山形百名山でもあるしそれなりに楽しめるだろう。

そんな安易な気持ちで向かったのだが、いきなり登山口が見つからない。怪しげな林道を進み、未舗装路に入って、そろそろ到着のはずなのだが。Googleマップでは林道が途中で途切れていて、現在地もよくわからない。案内板などは一切無い。圏外なのでスマホで調べることもできない。

途方に暮れてしかたなく電波の入るところまでもどり、駐車スペースの正確な経度緯度を確認した。どうやら林道をそれて少し入ったところに駐車スペースがあるようだ。

たぶんここだろうという場所に車を停め、たぶんここだろうという場所から山に入った。

薄暗い樹林帯を登っていく。強烈な獣臭が漂っている。周囲の笹藪がガサガサと音を立てる。当然だが他に誰もいない。ここは東北の山だ。そう、熊の被害のよくある東北の山なのだ。

さすがにちょっと怖くなり、GPSで位置を確認すると、ぜんぜん違う山に登っていた。どうやらいま歩いてるのは作業道のようである。

あわてて引き返し、目指す胎蔵山の方向へ林道を歩いていくと、ようやく登山口が見つかった。いちおう登山口を表示する看板もあったが、木々に隠れて運転中に見つけるのは難しそうだ。なにせ、この前を三回通過してるにもかかわらず、まったく気づかなかったのだから。

やれやれ、登山開始までにひと苦労だぜ。

登山道は明瞭で迷うようなことはない。だが、先ほどの強烈な臭いほどではないが、やはりなにがしかの気配はある。時々手を叩いて音を鳴らしつつ登る。

途中の鳥居峠の看板には明確な爪痕が残っていた。やっぱりいるよね、そりゃそうだ。

山頂の手前で道を逸れて少し進むと、赤剥という変わった地名の場所がある。見晴らしもいいようなのでまずはそちらへ向かった。

うむ、確かに眺めは悪くない。だが、それよりも気になるのは、おそらく赤剥と書かれてたであろう案内板だ。まったく文字が読めないほどに削られている。まるで文字だけを削りとらんとしたかのようだ。なにが気に入らなかったのだろう、ペンキの臭いが嫌いなのだろうか。

山頂には祠があり、扉を開けて拝むことができる。山中にあった中の宮も同様だった。

綺麗に保たれていて、この山が愛されているのが伺い知れる。

山頂のさらに先に展望所があるらしいのでそこまで行ってみたが、見えるのは木だけだった。冬場には木々は葉を落として、周囲の山々が望めるのだろうか。

登ってきた道を引き返して下山した。

標高は三分の一になってしまい眺望もイマイチだったが、これはこれで興味深い登山だった。

人には出会わなかったが、獣の気配は色濃く漂う山だった。

2024年7月