登山の効率 – 笠ヶ岳(草津)
志賀高原から下ってくると、温泉街の背後に聳える異様な姿の山が見えた。山というより天に向かって突き出した大岩のようなその山容は、周囲の絶壁で登山者を拒んでいるかに見えたが、意外にも登山道があって山頂まで行けるようだった。
その日は一日歩いて疲弊していたので、もうひと山登る気力は無かったが、今回はその山へ登るためにここに来た。笠ヶ岳という名のその山は、日本三百名山のひとつでもあるらしい。
温泉街を抜けて登山口を探すが、なかなか見つからない。なんの表示もないし、誰かに訊ねようにも歩いてる人もいない。誰にも頼れないので地図とGPSを睨めっこして、どうやらスキー場のゲレンデを登っていくようだと見当を付けた。
ゲレンデ登りか…。好きじゃないんだよね…。暑いし疲れるし、そもそもスキー場ってのは滑り降りるために作られていて、人が歩いて登るには不適切な角度の直登だしさ。
リフトが3本あって、どの方向へ登っていけばいいのか迷う。誰かに訊ねようにも、雪の無いゲレンデに人はいない。一番左は明らかに方向違いだ。山頂に向かっていくのは一番右だと思うが、地図を見ると真ん中のリフト沿いを登って途中で右手の山中に入っていくように見える。
ほんとかな?半信半疑で登り始めた。
ゲレンデ直登はつらい。登れば登るほどキツくなっていく、上の方は上級者向けなので傾斜が急なのだ。半分以上登り、もういやだ、もう疲れた、この先の角度は登れねえよとなった時、ふと右手を見ると登山道らしき細い道があるように見えた。
近づいていくと、あったよあった。登山道の入口が、こんなところにあった。それにしても、ゲレンデの真ん中の藪に埋もれかけたなんの表示も無い狭い入り口なんて、見落とす人が続出ではないだろうか。
登山道に入るとトラバース気味の楽な道になった。登りもたいしてキツくない。なんとなく遠回りしてる気もしないでもないけど、楽だからいいや。
そんな感じで1時間も歩くと、不意に車道に出た。
えっ、車道? ここまで車で来れるのかよ。閉まっていたけど峠の茶屋があって、ご丁寧に駐車スペースまであるじゃないか。
そして立派な登山口看板もあった。そうだろそうだろ、ここがメインの登山口だろ。そりゃそうだ。
そこからは30分で山頂だった。
しばらく山頂にいると、登山者がひとり登ってきた。峠に停まっていた車の人だろう。
行けるところまで車で登り、最短距離で登頂するのが効率良い登山なのだろうか。そもそも登山の効率ってなんだろう。
効率良く各地の山々を回るのと、ひとつひとつの山から自分に可能な最大限の経験値を得ていくのと、どちらが効率の良い登山なのだろうか。いや、そもそも効率ってなんなんだろう。
そんなことを考えた。
そして、またあの長いトラバース路を歩き、あの急なゲレンデを下って帰るのだ。
2023年5月