記憶にも記録にも残る山歩き – 棒ノ嶺 / 川苔山

ヤマレコには、いままで歩いたすべてのルートを一枚の地図上に赤線で表示してくれる全ルート地図という機能がある。この地図を眺めるのは楽しく、時間があるとなんとなく見てしまうのだが、奥多摩あたりを眺めているとき、あれっ?と思った。

あれっ?ここ歩いてなかったっけ?

棒ノ嶺から川苔山へと抜ける区間に赤線が引かれてなかった。ずっと前に歩いたと思っていたが、思い込みだったのだろうか。それともGPSで記録してなかったからルートが登録されてないのだろうか。

いずれにせよ、歩きに行ってみることにした。

6時34分に青梅線の川井駅に到着し、6時39分のバスに乗るつもりだったが、トイレに行ったりバス停を探したりしてるうちに乗り遅れてしまった。やれやれ、このバスに間に合わせるために早起きしたというのに。清東橋の登山口までの舗装路歩きがプラスになってしまった。しかたない。

早歩きで1時間、清東橋のバス停に到着する直前に、一本後のバスに抜かされた。悔しいのでそのままの勢いで歩き、バスから降りた登山者を全員追い抜いて登山口に着いた。

誰にも抜かされないように全力で棒ノ嶺まで登った時には、すでにけっこうバテていた。まったく無駄な労力を使ってしまったが、本番はここからである。

棒ノ尾山を通過し、長尾丸山のピークを探して踏んだ。奥多摩のマイナーピークはだいたい巻道に登山道が設えられているので、わざわざ踏みに行かないとピークを通過してしまうのだ。

ここで大休止し、家から持ってきた弁当を食べた。日向沢ノ峰まで抜けたらゆっくり食べるつもりだったのだが、それだけ疲れていたし、お腹も空いていたということだ。

奥多摩らしい地味な樹林帯がずっと続いている。まったく記憶に残らないような地味さで、以前に歩いたことがあるのか無いのか確かめられない。

クロモ山、山なし山と、奥多摩をホームにしている身であっても聞いたこともないピークを超えていく。以前にこのルートを歩いたことがあったとしても、これらのピークは巻いていただろう。

最後は縦走路に向けて、一気に高度を上げていく。といっても標高差400mほどなのだが、バテバテの体にはキツい登りとなった。いや、この程度でキツいとは恥ずかしい限りだが、朝から無駄に飛ばしたのと、体重が増えて体が重いのと、シャリバテの三重苦にヘロヘロである。

ようやく日向沢ノ峰に出たときは、精魂尽き果てた気分だった。これでようやく赤線が繋がった。このルートを歩いたことはもう忘れない。記憶に残る山歩きだった。

さて、まだ終わりではない。ひと休みしたら川苔山へ向かおう。

川苔山に到着したのは午後3時であった。だいたいは早朝から登るので、こんな時間に来たのは初めてである。そして、こんな時間に山頂に来ている人たちは、なんというか、午前に見かける登山者とは客層が違うというか、なかなかに微笑ましい人たちばかりであった、

登山始めましたという感じで新品のモンベル製品で全身を固めたソロの女の子。Tシャツ短パンで勢いよく登ってきて写真を撮り合い大はしゃぎしてるお兄ちゃんたちのグループ。それ普段着ですか?って感じのカップルは、歩くのがイヤになったのか足が痛いのか、女性が超スローペースでしばしば立ち止まりながらノロノロ進み、男性がしょんぼり付き添っている。

ああ、自分の知らない山がここにもあった。なんだか楽しくなってきた。

そして、いつのまにか体が軽くなっていた。

そういえば日向沢ノ峰から川苔山に登ってくる時も、そんなに辛さは感じなかったなと思い出す。もうダメだ、つらい、疲れた、なんていう心の限界を突破して、ひとつ上のステージに上がったかのようだ。

よし、下山は一気に行こう。

鳩ノ巣に向かって跳ぶように駆け下りていく。下山中の登山者たちを次々と追い越して置き去りにしていく。

爽快だ。さっきまでとは別人のようだ。

鈍った体に活を入れ、夏山へ向けての良い準備運動になった。

2021年5月