奥多摩小屋の最後の日

2019年3月31日、この日で奥多摩小屋は営業を終えることとなった。閉鎖の噂は以前からあったが、ついにその日が決まってしまった。

最後の二日間がうまい具合に週末に当たっている。最終日は宿泊を受け付けないとのことなので、宿泊可能な最後の日が土曜というのは都合がいい。閉鎖が決定して以来、この日はどんな天気でも奥多摩小屋に泊まろうと決めていた。まあ、小屋泊ではなく、いつも通りテント泊だが。

何度も歩いた鴨沢からの道を登り、七ツ石山を経由して小屋に着いたのは午後3時だった。午後から天気の崩れる予報だったが、なんとか到着まで持ってくれた。

この時期にしてはテントが多い。みな、最後の奥多摩小屋に泊まりにきたのだろう。

まずは受付をしに小屋へ向かった。しかし小屋番はおらず、すでに無人であった。宿泊表と鉛筆が無造作に置かれ、宿泊費は箱に入れるようになっている。

小屋の外見はしっかりしていたが、内部はかなり痛んでいた。地盤が緩んだのか、床は大きく傾き歪んでいる。小屋の閉鎖には耐震強度の問題もあると聞いたが、さもありなんという様子である。無人なので火を心配したのだろう、ストーブはすでに撤去されていて、その他の備品も乱雑に散らばっていた。

あとから入ってきた人たちも、小屋内部の様子に言葉少なになっている。

最後の奥多摩小屋がこんな荒れた無人小屋だというのは少々さみしい気もしたが、これもしかたのないことなのだろう。

テントを張り、夕食の支度を始めると雨が落ちてきた。最後の夜にふさわしい涙雨だ。

翌朝、この日が奥多摩小屋の最後の一日となる。朝まだ暗いうちに起きて外へ出てみると、あたり一面が白く染まっていた。昨日の雨は夜中に雪へと変わったようだ。どうりで一晩中、とても寒かった。

薄く降り積もった新しい雪を踏みしめて歩く。まだだれも起きてこない。ひとり静かに山頂へ向かう。

濃い藍色の空がしだいに明るい青となり、やがて日が昇ると、山が輝き始めた。オレンジ色の朝の光が真っ白な雪に反射して、世界が暖かな色に包まれる。新しい朝の生まれる瞬間はいつでも美しい。

一歩一歩をかみしめて山頂に着いた。だれもいない山頂では、風の音しか聞こえない。柔らかい朝の光に包まれて目を閉じると、宇宙と一体になって体が空へ溶け出すようだ。

大きく息を吸い込んで、冷たい空気で肺を満たした。最後の朝がこんな美しい朝でよかった。

奥多摩小屋がなくなってしまうと、雲取山に登る機会も減るのは間違いない。それはやっぱりさみしいが、この日のことはいつまでも忘れないだろう。