カンマンボロン
オンテキタイサン カンマンボロン
オンテキタイサン カンマンボロン
白装束の山伏たちの野太い声が響く。金剛杖を地面に突き立て、大きな鈴がジャランジャランと鳴る。ごく幼い頃の朧げな記憶だ。どこで見たのかは覚えていない。おそらく、宗教的なものに関心の深かった祖母の家でだろうか。
このカンマンボロンという不思議な言葉の付いた地が瑞牆山の山中にあると知ってから、ずっと行ってみたいと思っていた。
カンマンボロンというのは、不動明王を表すカンマンという語に、ボロンという真言を繋げた言葉である。真言というのはマントラの訳語で、唱えることによって力を発揮する音のことである。
オンテキタイサンが怨敵退散だというのは今ならわかる。その他にもいくつかの言葉があったはずだが、もう覚えてはいない。この「なんとかかんとかカンマンボロン」の「なんとかかんとか」部分にどのような語句があったのか調べてみた。
怨敵退散 カンマンボロン
天下泰平 カンマンボロン
五穀豊穣 カンマンボロン
当病平癒 カンマンボロン
家内安全 カンマンボロン
厄難消除 カンマンボロン
商売繁昌 カンマンボロン
こういった御利益を唱えながら家々を回っていた山伏の一団が、かつては存在していたのだろうか。
カンマンボロンへ向かうには、瑞牆山荘からのメインルートではなく、みずがき山自然公園から入山してパノラマコースを歩いていく。このパノラマコースはかつては一般ルートであったが、いまでは廃道となっている。
いちおうバリエーションルートになるのだろうが、廃道とはいえ以前は登山道として機能していただけあって、一部で不明瞭な箇所もあったが、だいたいは歩きやすくわかりやすい道であった。
1時間も歩くと、切立つ岩の大伽藍に出た。カンマンボロンはこの辺りのはずだ。なんだか神聖な雰囲気もある。廃道から外れて、踏跡を辿り登っていく。
急斜面の途中で踏跡は左へ逸れ、岩と岩との狭い隙間を無理やり潜ると、それはあった。
これをカンマンボロンと読むのだという。この地を愛し、ここを霊場と定めようとした弘法大師が、岩に刻んだ梵字なのだと。
確かに周囲の岩とは様子が違う。自然にできたものというよりは、人工的に彫ったように見えなくもない。とはいえ、侵食が進んでいて判別は難しい。
はたしてこれがカンマンボロンと読めるのか、梵字と見比べてみることにした。
どうだろう、上部は確かに一致している。中心あたりのごちゃごちゃ部分もそれっぽい。ほんとうにこれはカンマンボロンという梵字なのだろうか。そして、これを彫ったのは弘法大師なのだろうか。
この地を霊場としようとした弘法大師だが、霊場とするには八百八の谷が必要であり、谷の数が不足していたため、ここを去ったという。
2020年11月