南アルプスフロントトレイル section2

翌朝、夜明け前から歩き始める。

しばらく林道を歩き、登山道へ入った。ここから源氏山へは一般ルートだ。源氏山は、南アルプスフロントトレイルの最短ルートから外れるが、未踏なので登っておきたい。

途中、初めての水場があった。

ルート上に水場があるのかわからなかったので、飲料用と調理用のすべての水を担いできているが、量的にはギリギリで、節約して使っていた。ここでたっぷり水を飲む。

いったん下って登り返し、源氏山の山頂に着いた。木に囲まれた、薄暗い山頂だ。ほんとは最低でも初日にここまで来たかった。時間も押すので早々に山頂を後にする。

来た道をそのまま引き返すのでなく、途中で左へ逸れて、尾根上の分岐より先へ出るルートを取った。わずかではあるが歩く距離が短くなるし、トラバース路なのでアップダウンも少なくなる。

すぐに、なぜこの道がまったくと言っていいほど歩かれてないのかわかった。というか、これはもう道ではなかった。土砂で完全に埋まっている。そこをトラバースしていかねばならない。

傾斜は急だが砂は深く柔らかいので、歩けることは歩ける。しかし、砂地が崩れ足を取られれば、滑り落ちていくだろう。慎重にゆっくり進む。

崩壊地を超えて少し進むと、また崩壊地に行き当たった。そしてそこを超えてもまた次の崩壊地。そしてまた次もその次も…。どれだけ崩壊してるんだというくらい、次々と崩壊地を横断しなければならない。ミスは許されない。神経がすり減る。これなら、遠回りでもアップダウンがあっても、来た道を引き返したほうが、はるかに楽で早かった。

ようやくにして尾根道に復帰したところで、今回初めての南アルプスフロントトレイルの表示を見つけた。ホッとするとともに、なんだか残念な、複雑な気持ちであった。

整備されつつあるとはいえ、あっても薄い踏み跡程度で、それすら無い区間も長い。といっても、尾根はたおやかで歩きやすく、危険箇所もない。初日に比べればなんともイージーだ。

岡松山、倉尾山とピークを越えていく、このあたりのトレイルはまだ整備が始まったばかりのようだが、どちらの山頂にも標柱はあった。

倉尾山からは200メートルほどの大下りだ。道はないが、全区間にロープが張られている。ロープに沿ってて降りれば迷うこともなく、ロープを掴めば転ぶこともない。

楽だけど、妙にものたりない気持ちで十石峠に降りた。林道を横断して御殿山への登りに取り付く。

御殿山から富士見山までは歩く人も多く、踏み跡も比較的はっきりしている。ひと気のない山道を黙々と歩き、富士見山の展望台へ到着した。雲が出てきてしまったが、しばらく待っていると富士の頂は姿を見せてくれた。

ここにも山頂標柱はあるのだが、ほんとの山頂はまだ少し先である。いったん下り、登り返し、再び下ってから緩やかな尾根を登っていく。まだかな?通り過ぎたかな?と思い始めたころ、平坦な道の途中に、山梨百名山の山頂標柱がぽつんと立っていた。

山梨百名山の標柱は、その山の最高点ではなく、山頂とするにふさわしい場所にあることが多い。しかしなぜだか富士見山は、展望のある手前のピークでなく、ほんのわずか標高の高い、樹林帯の中の平坦な場所に山頂標柱が立てられていた。

さて、これからどうしよう。計画では、このまま先へ進み、早川町役場へ下山だ。ここからは再びバリエーションルートになる。すでに日が落ちかけているので、ここでビバークして続きは明日になる。休みはまだ一日あるから、行けないことはない。しかし、下山後の車の回収を考えると悩むところだ。バス電車バスと乗り継いで夜叉神までもどるには、早川町役場を10時30分に出発するバスに乗らねばならない。この先の距離を考えればおそらく間に合うとは思うが、ギリギリにはなるだろう。ここまでも想定以上に時間がかかってしまった。あと2時間、せめて1時間早くここに着き、もう少し先へ進んでビバークする予定だった。時間に追われて歩くのは楽しくないし、そもそも事故の元である。まあ、いざとなれば甲府からタクシーを使うって手もあるけれど、できればそれはしたくない。

かなり迷ったが、最後まで楽しく終わらせることを優先した。

Uターンして来た道をもどる。再び富士見山の展望台を超え、平須への下山路に入る。まもなく夜になるが、ここでビバークして明日の朝まだ暗いうちから歩いても同じことなので、そのまま下った。

一般ルートなので問題ないだろうとたかをくくっていたが、途中三ヶ所も登山道が崩落しており、暗闇の中で崩落箇所のトラバースをするはめになったのは想定外であった。

下山したのは夜の7時を過ぎていた。ヘッドライトの明かりを消すと、あたりは暗闇に包まれた。

ここから最寄りの駅まで約10キロ。どこかにコンビニくらいはあるだろう。温かいものが食べたい。ビールも飲みたい。ゆっくりしても終電には間に合う。甲府駅で夜を明かし、明日の朝には夜叉神だ。

さて行くか。濃密な二日間だったな。

下山口に腰を下ろして、しばし休んでいたが、再び立ち上がり、夜の道をぽつぽつと歩きはじめた。