谷川主脈 in the rain – part2

ただ足元だけを見て黙々と歩き、登ったり下ったりをくり返して、いくつものピークを超えた。万太郎山に着いたのは午後1時30分、予定よりだいぶ遅れている。これでは平標までは行けそうにない。いや、行こうと思えば行けるが、まともな時間には到着できない。どこかの避難小屋で夜を明かすしかないだろう。ここまで二つの避難小屋を通過した。この先にはあと二つある。

万太郎山の山頂で立ったまま休憩したが、まったく疲れは取れなかった。全身が濡れている。腰を下ろしてゆっくり休むには、先へ進むしかない。

40分ほど下ると越路避難小屋に着いた。心が折れかかっていて、もうここで泊まってしまおうかとも思ったが、明日のことを考えると次の避難小屋まで行っておきたい。それにまだ14時を過ぎたばかりだ。

主脈上の最低鞍部まで下ってからの登り返しがキツかった。気力体力が尽きて足が上がらない。ぼんやりと霞んだ稜線はどこまで登っても終わりが見えない。あそこまで登ればと登った先には、また再び靄の中から登り道が現れる。

CTを大幅にオーバーしてエビス大黒ノ頭に着いた。ようやく着いた。今日のところは、あとは少し下るだけだ。

エビス大黒避難小屋に到着し、なにはともかく中に入って腰を下ろした。そして、登山靴に溜まった水を捨て、靴下を脱いで雑巾のように絞った。着替えなど持ってきていない。防寒着すらない。靴下の替えもない。裸足では冷たすぎるので、湿った靴下を履いた。今夜はこのままスリーシーズン用の薄いシェラフに包まるしかない。

避難小屋に到着してすぐに、ソロの男性がやってきた。平標側から歩いてきたそうだ。

エビス大黒避難小屋は、主脈の避難小屋の中でも最も狭い。三人が横になると荷物の置き場も無くドアも開けられない極小カマボコだ。鉄製の小屋は密閉されていて風の心配はないが、結露が酷くて内部はなんとも湿っている。鉄の壁は触れるととても冷たい。今夜はここで夜を明かす。

「いい感じになりましたよ」

外の様子を伺っていたソロ男性が、小屋の中で寒さに耐えてる私に教えてくれた。小屋の外に出てみると、雨は止んで雲海が広がり空は夕焼け色に染まりつつあった。

明日はきっといい日になるな。

ならなかった。

暗いうちから出発する予定のソロ兄ちゃんが朝になってもまだいた時点でおかしいと思った。そろそろ明るくなるはずだが、ちっとも明るくなっていない。

「真っ白でしたよ…」

ソロ兄ちゃんがポツリと言った。

外に出てみたが、昨日よりさらに視界がない、数メートル先もボヤけている。やれやれ。

天気がどんなであろうとも出発せねばならない。バスと電車で車の回収をしなければならないからだ。バスはともかく、電車の本数が極端に少なく、昼の便を逃すと次は夕方である。

天気がもう少し回復したら、主脈を行けるとこまで行って戻ってくるというソロ兄ちゃんに別れを告げて、重いザックを背負った。

仙ノ倉山でもガスガス、平標山でもガスガス。ほとんど視界はない。足元に咲いてるいっぱいの花は、風に激しく揺れている。

松手山から下るとひたすらすれ違いになるので、小屋側から下山した。山頂には数人しかいなかったが、小屋にはたくさんの人がいた。まあ、この天気じゃ登る気になれないだろう。

下るにつれて天気は回復し、日が射して暑くなってきた。ようやく雲から抜け出したのだ。麓は晴れだが、谷川主脈だけは厚い雲がかかっている。続々と登ってくるすれ違う人々はみな、これから雨雲に突入していくことになる。

振り返ってみれば楽しい二日間だった。そりゃあスカッと晴れたほうがいいけれど、雨なら雨でそれもよい。こんな日じゃなければできない経験はたくさんある。それに、いつでも晴れだったら、晴れの日のありがたみも薄れる。

バス停まであと1時間くらいだろう。湿っていた衣服も乾いてきた。ひさしぶりの重装備がずっしり肩にかかる。重登山靴も重い。ひさしぶりに筋肉痛になりそうだ。