登りつづけて天に至る – 富士山

悲しいできごとがあって落ち込んでた週末、なんだか山へ行く気にもならず一日を無為に過ごした。

明日は…行くか。気分が上がらないから、標高を上げてこよう。

どうせ上げるなら、そう、一番高いところまで。

水ヶ塚の駐車場から、始発のシャトルバスで富士宮口五合目へ。

ここから見上げるとサラッと登れちゃいそうだけど、そうはいかないんだよね。近そうに見えるけど、けっこうたいへんなのは経験済み。

六合目から本格的に登りが始まります。

独立峰の富士山では、山頂まではひたすら登り。峰ありタワありの縦走路とは違って、ひたすら登り坂を登っていきます。

さえない気分の日には、こんな登りも悪くない。一歩づつ進む間に、少しづつ集中力も増していきます。

晴れててよかった。落ち込んでる日にどしゃぶり雨の登山なんてしたら、さらにいっそうヘコむところでした。

顔を上げれば頂が見える。それだけで気分もよくなります。

新七合目から1時間ほど登ると元祖七合目…。まだ七合目なのかよ…とがっかりする瞬間…。

吉田ルートで登っても、山小屋が点在していて、着いたと思ったらまだだったってのはありますが、あちらは小屋間の距離が短いので、まあ納得はできます。

でも富士宮ルートは、六合目から新七合目と新七合目から元祖七合目と元祖七合目から八合目が、同じくらい時間かかるのです。どう考えてもおかしいだろ…と文句のひとつも言いたくなります。。

3000mを越えてきて、高度の影響が現れてきました。

体はダルく、頭は痛く、足取りは重く、なかなか進めません。少しでもペースを上げると、とたんに息切れしてしまいます。ここで無理すると重症化するので、冷たい水をたっぷり飲んで、ゆっくりゆっくり登ります。

富士山以外の日本の山なら、3000m付近まで登ればおしまいなので、高度障害がひどくても、なんとかかんとか山頂まで行くことも可能です。

しかし富士山だとそうもいきません。そこからさらに800mほど高度を上げなければならないのが富士山のつらいところ。ここでどんな登り方をするかで、その後、悲惨な状態になるかどうかが決まります。

早朝はすっきり晴れてましたが、だんだん雲が出てきました。足元には雲海が広がってきています。あれが上がってくる前に登らなきゃと焦るものの、いまのペースがいっぱいいっぱい。

一歩進んでふぅ、一歩進んでふぅ、と超スローペースで登ります。じれったくもなりますが、これ以上ペースを上げれば、すぐに息切れしてしまいます。息切れだけならまだしも、頭痛がひどくなれば、それ以上登れなくなってしまいます。そうならないよう慎重に。ゆっくりゆっくり。

きっとエベレスト登山もこんなペースなんだろなって想像しながら登ります。そう、富士山は日本で唯一、エベレストを実感できる山なのです。

1時間ほど登ったら10分くらい休憩をします。地面にペタリと座り込んで休憩。意識的にそうしてるというよりは、そうしないと登れないのです。普段なら3時間4時間と休憩なしで登っても平気なのに。エベレスト恐るべし。

なんだかだんだん歩くことに集中してるな。まだちょっと心の中に悲しい気持ちや後悔の念はあるけれど、それもこれもみんなまとめて受け止められそう。

どうにも眠くて、九合目でちょっと寝ました。

寝不足で高度を上げると、やたらと眠くなります。横になると危険なので、座ったまま目を瞑りました。登山の途中で爆睡し、目覚めたら何時間も経ってたってことが何度もありましたので…。

ようやく九合五勺。もうあとほんとにほんのひと登り。

ここまで4時間弱、まあまあのペースで来れたかな。天気も持ってくれそうだし、人も少なく渋滞もなく、快適登山です。

そして、五合目からの長い長い登り坂を登り切り、ようやく山頂へ着きました。登り切った正面は浅間大社奥宮です。

大休止してお昼ご飯を食べたら、剣ヶ峰に向かいます。

以前に登った時にお鉢巡りもしたのですが、実は山頂標識の前には立っていません。その時は、歩くより止まってる方が長いくらいの大渋滞登山で、山頂標識に続く階段にも長蛇の列ができいて、パスしたのでした。

富士山に登ったとはいえ、剣ヶ峰にも行ったとはいえ、一番高いところには立っていない。これがずっと心に引っかかってました。

なので、今回は混雑してても必ずあの階段を登ろう、そう心に決めていたのです。まあ、長蛇の列ができるのは御来光直後からなので、日帰り登山なら並ぶこともないのですけどね。

そうしてついに立ちました。日本で一番高い山の、一番高い地点にある、一番高い岩のてっぺんに。

ぶははははっ、いま日本国中の人民は、すべてこの足の下なのだ!!

たっぷり自己満足に浸ったので、下山します。下山は、大砂走りを下って御殿場口へ。

登りはひたすら登り坂だった反面、下りはひたすら下り坂です。登り返しがないっていうのは、体力的にも精神的にも楽です。

ただ、八合目付近から分厚い雲海に突入しなければなりません。

下りはあっという間で、すぐに雲海の端まで来てしまいました。

透き通った青空とも、輝く頂とも、ここでお別れです。

下るにつれて雲が出てきたなと思っていたら、やがてあたりはまっ白に…。景色はなにも見えません。コースを示すロープだけが頼りです。

時折、ガスの中からふわりと人が現れ、またガスの中へふわりと消えていきます。

周囲の砂地には、ポツリポツリとフジアザミのシルエットが見えます。

なんだか世界の終わりのような不思議な風景を抜けて、御殿場口新五合目まで降りてきました。

過酷な登りを登り、天に最も近い頂に立ち、この世の終わりの風景を抜けて、またこの世界にもどってきました。

明日からまたがんばれるかなって、ちょっとだけ思うことができました。