青と白の世界 – 権現岳

見上げれば、深い深い空の色。
それはあまりに深くてあまりに色濃くて、「青空」と呼ぶのは相応しくない。
紺碧?紺青?瑠璃色? どんな言葉を用いても表しがたい色をしている。
背後に広がる無限の宇宙が溶け出したかのような深みのある青。
心が吸い込まれていきそうな空の色。

視線を下に落とせば、純白の世界。
真っ白な雪原は太陽の光を反射して、強烈に輝いている。
キラキラ輝く光の粒が空間を跳ね回り、リズムを刻みメロディーを奏でる。
時おり吹く風の音が、さーっと稜線を駆け抜ける。

降り積もったばかりの柔らかな新雪に足を取られながら進む。
先行者は数名いるようでトレースが付いてはいるが、まだ全く踏み固められてはいない。

今シーズン初の雪山らしい雪山だ。

周囲の山々は全て見えている。

甲斐駒に仙丈に北岳に鳳凰にと、まるで戦艦のように空に浮かぶ南アルプス。
編笠山の奥には中央アルプスの山並みと噴煙を上げる御嶽山。
甲府盆地の向こうには、雲海から頭を出した富士山も。

そして向かう先には、八ヶ岳核心部の山々。

権現岳からキレット越えて赤岳へ、そこから阿弥陀岳へ続く稜線、横岳硫黄岳への縦走路。

三ツ頭を過ぎて、ここからがいよいよ本番。権現岳へと向かう。

雪が緩いので迷ったが、いちおうここでアイゼンを付けてピッケルを用意した。
権現岳への最後の登りは、なかなかの急傾斜である。
山頂直下の急な斜面に張り付いてるパーティーが見える。

先行パーティーのトレースを伝って登る。
足あとの上に足を置いても、太ももまで踏み抜いてしまうこともある。
雪は緩く、やはりアイゼンは全く効かない。
急斜面を直登していくが、雪が崩れてなかなか登れない。

山頂直下まで登ると、最後はトラバースして回り込む。
まるで空に向かって行くかのような天空のトラバースだ。雪道が崩れたら下まで落ちるだろう。
いちおう山側にピッケルを刺すが、ふわふわの雪は手応えがなく、軽く刺してもブレードまで埋まってしまう。これでは踏み外しても止まらない。ピッケルを持っていても気休め以上の意味はなさそうだ。

トラバースの向こう側は、世界が少し変わったようだった。

強い横風が吹き付けている。雪煙で視界が霞む。冷たい風が体温を奪う。
冬の山の厳しさを、ほんのわずかであるが見せてくれている。

少し登って権現岳の山頂へ。深い空に雪の着いた頂きが映えていた。

権現岳の山頂から先へ、縦走路分岐まで歩いた。

ここから眺めるこの先の景色は素晴らしい。
八ヶ岳の主要な山々が、まるで手を伸ばせば届くかのように目の前に広がっている。

地球上でポツンとひとり、自分がちっぽけな存在であると実感する。
それとともに、見渡せる山々まで一歩で歩いていけそうな、なんだか自分が巨大になったような不思議な感覚もする。そのふたつが同時に感じられる。
大きくなったり小さくなったり、宇宙になったり自分になったり、孤独になったり一体感を感じたり。

すぐ左手には真っ白なギボシ。てっぺんに誰か立っているのが見える。
あそこまで行けなくもないけど、今日はここまででいい。縦走路分岐から、その先の景色を見たいと思ってきたのだから。先へ進まず、ここで前を見つめていよう。

大きく息を吸い込むと、凍てつく空気で肺が痺れた。

しばらくするとガスが上がってきた。赤岳の姿が見えたり見えなくなったりしている。もう少ししたらここもガスに巻かれそうだ。潮時だな。

目の前の景色にサヨナラを告げ、回れ右して帰路に就いた。