新しいおもちゃとバレンタイン山行 – 高尾山

山行くぞーっと早起きしたはいいものの、どうやら外は雨、しかも酷い風が吹いている。
この暴風雨の中、まだ暗いうちから出かける気にもなれず、今日は中止だなあ、と行動食のチョコレートをポリポリ食べつつ寝転んでいた。

朝が来て明るくなるにつれてだんだん雨足も弱くなり、お昼近くになると日も差してきた。

どうしよう。行くか。

バレンタインデーにひとりポツンと家にいたくもないし、浮かれた街へ出かけるのはもっとイヤ。それに新しいおもちゃも試してみたい。
いまからだと高尾山くらいしか行けないけど、それでもいいや。

あわてて仕度して電車に乗った。

新しいおもちゃというのは、ガソリンストーブである。

以前に、ロシア製の崖から落としても壊れそうにないほど頑丈な弁当箱タイプのガソリンストーブを持っていたのだけど、家中探しても見つからなかった。確か、ガスストーブを手に入れたとき、こんな重いものは二度と使わないだろうと思って処分してしまった気がする。

軽くて手軽で便利なガスストーブだが弱点もある。最大の弱点は、寒冷地でのパワー不足だ。雪山でラーメンを食べようとして、どうにもお湯が沸かず、ぬるいスープに浸かった芯の残った固い麺をすすったことも何度かある。その点、ガソリンストーブなら問題ない。

ランニングコストの高さもガスストーブの欠点である。そこを考慮して、レギュラーガソリンでの使用に最適化されたガソリンストーブを購入した。
仕様書に基づいて同条件で比較してみると、ガスストーブ1時間燃焼にかかるコストは600円。対してガソリンストーブは45.6円。圧倒的なコスト差である。

ガソリンストーブにガソリン携行缶も購入して約2万円だったので、37時間燃焼させれば導入コストの元が取れる計算だ。
まあ、ガソリンストーブは定期的なメンテナンスが必要で交換部品も買わなければいけないし、ガソリン価格の上昇というリスクも抱えているが、ガスはガスでガス缶最後まできっちり使い切ることは難しいし、冬季用のガスを使えばコストは20%以上増える。

ラーメン一杯作るのに8分かかるとして、278杯作れば元が取れる計算になる。うーん、どうなんだろこれは…。そんなにラーメン食べたら体に悪そうな気もするが…。
縦走時に米を炊いておかずやお茶を作れば30分は火をつけてるだろうから、74泊すれば元が取れることになる。まあ、これならなんとか。年間10泊でも7年半だ。ただ、米を炊くのは火加減を弱めるから、元を取るにはこの倍近くかかるかもしれない。

弱火ができないというのもガソリンストーブの欠点だが、最大の問題は取扱いの気難しさである。ポンピングのし過ぎや点火タイミングの遅れで火柱が上がることがある。手順通りに手際よく行えば大丈夫だとはいえ、テント内で使うのは相当な覚悟がいる。いつ雨が降るかわからない長期縦走や、寒くて外で調理できない雪山テント泊には、なかなかこれだけで済ますのは勇気が必要かもしれない。いや、それじゃあダメじゃん。

まあ、ごちゃごちゃ書いたけど、ずっと欲しかったのでいいのだ。もう雪山でお湯が沸かなくてイライラすることもないのだ。ガス缶を捨てるときに、エコじゃないよなあって後ろめたさを感じることもないのだ。

説明書を熟読し、手順を誤らないように慎重に操作して、火柱が上がることもなく点火することができた。

青白い炎を満足げに見つめている私の横を、手をつないだカップルが楽しそうに通り過ぎていった。調理中のラーメンをチラ見した彼女が「わ~ すごい~」などとほざいている。

うるせえ。手をつないで山を歩くんじゃねえ。

バレンタインやクリスマスに山に逃げるときは、高尾山は避けることにしよう。