物語山の物語

物語山…この優雅な山の名を知ったのは、下仁田町の道の駅だった。

道の駅に出店している牧場の売店で荒船山のバッジを買い求めた際に、荒船山とともに物語山のバッジが置かれていたのを目にしたのだ。

物語山にはどんな物語があるのだろう。バッジを売ってるくらいだから人気のある山に違いない。登ってみようかな、そう思ったのはずいぶん前のことだ。短時間で登れてしまうため、なんとなく後回しにしているうちに何年も経ってしまったが、ようやく登る機会が訪れた。

冬が終わり、春が始まる前の地味で茶色い登山道を登っていく。西上州の山にしては登山道がしっかりしている。やはり登る人の多い山だからだろう。しかし今日はまだだれにも出会っていない。

地味な沢を詰めて地味な尾根を歩き、まずは物語山の西峰へ登った。

空は青く空気が透明だ。西峰は北側が開けていて遠くの山まで見渡せる。雪を戴いた浅間山が青い海に浮かんでいるかのようだ。特異なギザギザの稜線は妙義山だな。青空の向こうに上越の山々が白く輝いている。

山頂を取り囲んで群生しているアカヤシオは蕾すら付けてない株がほとんどで、まだまだこれからだった。

こんな好天なら雪山へ登っておけばよかったなという気持ちもあったけど、なかなかどうして物語山だっていい山だ。

西峰を降りて東峰へ向かう。こちらが物語山の最高地点になる。

東峰は木が茂っていで展望はないが、落ち着く山頂だった。ここでのんびりして朝ごはんにしよう。時間に余裕のある山行は気持ちいい。

下山時には年配の登山グループとすれ違った。もう少し経ってアカヤシオの咲く頃になると、この山も賑わうのだろう。

いったん登山口近くまで下ってから阿唱念の滝へ向かった。物語山への登山道と異なり、こちらは荒れ気味だった。

かつては存在したらしい立派な遊歩道の残骸がところどころに見受けられるものの、そのほとんどは消滅してしまい自然に帰ろうとしていた。

赤テープを辿っていくと急斜面の直登から消えたトラバース路を進む箇所もあり、これなら沢を登ったほうが安全だろう。

そうして沢を詰めていくと、岩の壁に行き当たった。ダムかと見まがうような石の大伽藍だ。真ん中あたりから細い沢水が落ちている。ここが阿唱念の滝だろう。滝として思い描くイメージとはまったく違った圧倒的な威圧感がある。

静寂と岩壁に包まれて、ただただ立ちつくしていた。