安倍川の奥

安倍奥、安倍川の奥、まさにその名の通り、安倍川をさかのぼった最上流地域のことです。

登山的には一本西の大井川の奥だろうと思いつつ、なんだかのんびりした安倍奥に、なんとなくふらっと来てしまうことも多いです。

安倍川を遡った一番奥の行き止まりにあるのが梅ヶ島温泉。

安倍川沿いに数件の温泉宿が並ぶばかりの、ひっそり静かなところです。

梅ヶ島温泉からさらに登った安倍峠の手前に安倍川の源流があります。

源流はなんだか淀んだ水たまりで、どこの源流を見ても思いますが、これがあの大きな流れになるというのがなかなか信じられません。

安倍峠までは林道が開通しており、車で登っていくこともできます。

さらに峠を越えた山梨県の身延まで林道は続いていますが、山梨県側はもうずっと通行止めになっています。安倍奥から山梨へ抜けることも、山梨から来ることもできません。静岡市内からやってくると、梅ヶ島温泉が行き止まりのどん詰まりの場所です。

安倍峠超えや山伏峠越えは、徒歩移動が主流の時代には多く使われていました。しかし現代では、甲州と駿府の行き来は富士川沿いの国道52号線一択であり、将来的には中部横断自動車道がその地位を占めることになります。

安倍奥は、この先もずっと時代の流れに取り残されたまま、賑わいが訪れることはないでしょう。

安倍奥を訪れた幸田文は、大谷崩れに触発されて「崩れ」という作品を書きました。幸田文は梅ヶ島温泉にも宿泊したと聞きます。こんなことが年末の新聞記事になり、記事が掲載された関東方面から、旅館や観光案内所にぽつりぽつりと問い合わせが入るようになったそうです。

「静岡の人は全く注目してないのに、東京の人が注目してくれてるよ」

そう言って、温泉宿の女将さんはケラケラ笑いました。