This’s the way to go – 蛾ヶ岳

あー、やっぱり。
山頂から先はトレース無いかなと思ってたけど、やっぱり無かった。

四尾連湖から蛾ヶ岳までは、しっかりしたトレースが付いていた。きっと降雪後に山荘の人が付けたのだろう。しかしそれも山頂までで、その先の稜線は全く歩かれてなかった。

ここから釈迦ヶ岳を通って三方分山まで行き、もどってくる予定だ。

ここまでにしておこうかな、と一瞬考えた。ここまでで下山して、温泉に入って、なにか美味しいもの食べて…と考えることは時々ある。しかし考えるだけで、実行したことはない。そんなことしても楽しくないのはわかってるからだ。

一度も歩いたことのないコース。新雪の積もった稜線に踏み跡はない。登山地図もないエリアだ。引き返しておくのが常識的な判断なのかもしれない。だが、常識なんてのは、大多数の人が無難に過ごせる当たり障りのないラインを示したものに過ぎない。常識は守るためでなく、疑うためにある。

誰もまだ踏んでいない真っ白な稜線へと歩き出した。

積雪はスネからせいぜいヒザ下くらい。これくらいならそこまで体力は消耗しない。尾根も明瞭で、迷うようなこともなさそうだ。

山に登るのに不安がないということはない。計画時点でも不安はあるし、出発前は不安が最も大きくなる。歩いてる間も不安だ。もし全く不安のない山歩きがあるとすれば、そんなものは自分の求めているものではない。

不安な気持ちを抱えたまま、それでも歩きつづけていくと、いつのまにかどこかの時点で、不安が楽しさに変わっていたことに気づく。どうなるだろうと案じていた心が、わくわくした期待感に変わっている。先のことを案じるよりも、いまこの瞬間に集中していく。

先へ先へと雪の稜線を進んだ。

それほど厳しくないとはいえ、ラッセルはラッセルだ。少しつかれてきたし、予定の時間よりだいぶ遅れている。三方分山まで行くと帰りは暗くなってしまうので、釈迦ヶ岳までで引き返すことにした。今日はここまでで満足した。この続きは、また歩きにくればいい。

回れ右して、自分の付けたトレースを辿って帰る。

アップダウンを繰り返し、最後の登りを登り切って、再び蛾ヶ岳の山頂に立った。

踏み跡が増えてるので、ここまでは何人か来たようだ。

早朝は雲に隠れていた富士山が、夕暮れの斜めの光に照らされて、橙色に輝いていた。