ゴザイショ
祖母の口から何度となく聞かされたその言葉には不思議な響きがあった。
「昨日はゴザイショへ行ってきた」「来週ゴザイショへ行く」そう話す祖母は、満足げで嬉しそうだった。
ゴザイショというのが御在所岳のことであり、日本二百名山のひとつであると知ったのは大人になってからである。その頃にはすでに祖母も亡くなっていたが、ゴザイショという言葉の響きだけはなぜだか鮮明に覚えていた。
祖母がなぜそんなに頻繁にゴザイショへ通っていたのか、詳しい話は聞いたことがない。
祖母は、なんだかよくわからない宗教にハマっていたので、その関連であることは、当時からなんとなく推測できていた。祖母とは同居しておらず、我が家は宗教的な敬虔さとは無縁であったため、祖母の信仰についてはなにひとつ知っていることはない。
幼いぼくも、祖母に連れられゴザイショへ登ったことがあるらしい。そのことは何度も祖母から聞かされたので、そうなんだろう。しかし、自分では全くそれを覚えていない。
どこだかわからないがどこかの山の風景というのが、いつくも自分の記憶の中にある。それは、場所の名前に興味を持たない子供の頃に登った山の景色だ。ゴザイショも、そんな名前のない記憶のひとつとなっているのかもしれない。
祖母に連れられた幼いぼくは、当然ロープウェイで登ったはずだ。大人のぼくはもちろん歩いて登る。
御在所岳のみではすぐに終わってしまうので、まずは国見岳に登り、御在所岳から鎌ヶ岳まで縦走することにした。
ロープウェイで上ってこれる御在所岳の山頂は、ちびっ子や東南アジア系の外国人で賑やかであった。子供も外国人も雪が珍しいのだろう。奇声を上げて大騒ぎである。縦走路の静けさとは打って変わって、ここだけ別世界だ。いったい祖母は、こんな観光地でなにを祈っていたのだろう。
ふと見ると、少し先の緩やかな尾根に立派な建物が建っていた。あれはなんだろうと思いつつ、そちらへ歩いていく。
山上の目立つ建造物は御嶽大権現といい、木曽の御嶽山の分霊を祀っているらしい。
祖母はここへ来ていたのだろうか。祖母は御嶽教の信者だったのか? そういえば祖母に連れられて御嶽山に登ったこともある。その時のことは、薄っすらと記憶が残っている。
祖母が生きていたら尋ねてみたいこともいろいろあるが、いまとなっては全てが謎のままである。
祖母はずいぶん前に他界し、生まれ育った家もいまはもうない。
それでもぼくは、いまここにこうしている。