灼熱戸倉三山

今回の目的地の豆佐嵐山にも登頂したし、待望の冷たいゼリーも食べたし、さてどうしよう。ほんとはこの後、戸倉三山を歩く予定だった。距離的にちょうど良いトレーニングになるなと思っていたが、それどころではない。すでにバテバテだ。持ってきた4リットルの水もすでに半分飲んでしまった。

とりあえず刈寄山まで行こう。すぐ近くだし、下山するにしても刈寄山から降りることになる。

刈寄山に到着したときにはふらふらで、山頂のベンチに倒れ込むようにして横になり、目を瞑るとたちまち眠りに落ちた。

どれくらい眠っていたのだろう。目を覚ますと、いくらか体が軽くなっていた。脳に霧がかかったようで、ずっと頭がぼーっとしていたが、それも多少は晴れたようだ。

空腹を感じたので持参した弁当を食べた。腹が満たされると元気も出てきた。

よし、行くか。戸倉三山へ。

歩き始めてすぐに後悔した。まだぜんぜん疲労している。足取りは重い。そしてひたすら暑い。刈寄山から先は、市道山、臼杵山と歩いて下山だが、その間にエスケープルートは無い。もはや行くしかない。もどるも地獄、進むも地獄である。

暑い。頭がぼーっとする。再び脳には霧がかかり、意識が朦朧としてきた。眠い。たまらず登山道の脇に寝転んで眠った。完全に熱中症だ。真夏の登山ではしばしば、暑さにやられてたまらなく眠くなる。眠いのは疲労と寝不足のせいだと思っていたが、暑さにやられて脳が活動ストップを主張しているのかもしれない。

このままずっと眠りに落ちていたいが、そういうわけにもいかない。よろよろと起き上がり、ふらふらと歩く。10分歩いて10分休むようなペースでしか進めない。刈寄山から市道山までのCTは2時間半だが、とてもそんな時間では到着できないだろう。

悪いことは重なるもので、登山靴のソールが剥がれてしまった。ソールの剥がれた右足は踏ん張りが効かない。おまけにズボンの股も裂けた。踏んだり蹴ったりだ。

登りがキツい。戸倉三山ってこんなにキツかったっけ? 頭にはずっと霧がかかっている。理解力も判断力も低下している。暑さで脳のタンパク質が変質してしまったのかもしれない。

大きな登り坂を目の前にして心が折れてしまった。登りたくない。登山道に寝転んで眠った。

風が無く蒸し暑い。うちわが欲しい。せめて微風でも拭いてくれないものか。

目を瞑ると、すーっと気持ち良い世界に入っていく。このまま眠りこけてしまえば楽なのにね。でも、眠っているだけでは帰ることはできない、しかたなくよろよろと起き上がり、ふらふらと登る。登り切ったところで力尽きて、再び横になって眠った。

市道山までは予定の倍の時間がかかった。山頂でもうひとつのゼリーを食べた。すでに少々生ぬるくなっていたが、それでもこの上ないほどの美味であった。

雲が出てきて日差しはいくらか和らいできた。しかし、それはそれで別の問題がある。このまま天気が下り坂に向かうと雷雨の可能性がある。疲労困憊で雨に打たれたら本格的に心折れてしまいそうだ。

市道山からはいったん下り、大きく登り返して臼杵山へ向かう。がんばっているつもりだが、スピードは一向に出ない。

臼杵山はさくっと通過した。なぜなら帰りのバスの時間が気になっていたからだ。

元郷バス停への下山時刻は15時の予定だった。14時30分、15時、15時30分のどれかのバスに乗れるだろうと思っていた。しかしすでに15時は過ぎてまもなく16時である。臼杵山から元郷まで1時間はかかるので、16時のバスにも16時30分のバスにも間に合わない。がんばって乗れるのはその次の17時だ。だが、それに間に合わなかったらどうしよう。

こんなに遅くなるとは思いもしなかったので、17時台のバス時刻など確認していない。以前によくこのあたりを登っていた時の記憶では、17時半にはバスが無く次は18時だったような気がする。

もしも17時のバスに乗れないと、なにもない元郷バス停で1時間ぼーっと待つことになる。いや、待つのはかまわないが、ゲリラ豪雨に打たれて1時間待つのはかんべんしてほしい。

元郷ではなく、グミ尾根で武蔵五日市方面へ下山しようかと一瞬考えた。しかしそれはかなりの長丁場だ。グミ尾根も歩いたことあるが、けっこう長くてダルかったはずだ。やはり元郷一択だ。

バスの時刻を確認したかったが、このあたりはまったく電波が入らない。自分を信じて、とにかく1時間で下山するしかない。

急いだ。ふらふらだけど急いだ。右の登山靴はソールが剥がれているのでグリップ力は限りなくゼロだ。下りは特に危ない。でも急いだ。

30分下ったところで現在位置を確認したら、まだ半分も来ていなかった。あきらめる? どうする?

バス時刻を14:30、15:00、15:30のように記憶していたが、これは、この時間に下山すればバスに間に合うという時刻だ。相変わらず圏外で確認できないが、実際のバス時刻は14:36、15:06、15:37のような感じだったはず。まだいくらか余裕がある。がんばるしかない。

残りわずかの水をすべて飲んだ。

下っても下っても終わりが見えてこない。こんなに長かったっけ?

麓から夕焼け小焼けのメロディが聞こえてきた。17時になったようだ。ようやく電波が入り、バス時刻を確認できた。17:07。あと7分。その次はやはり約1時間後だ。

元郷に降りたのは、まさに17時7分だった。バス停は登山口のすぐ横にあるが、これは下り方面行きである。上りのバス停はどこかと探すと、50mほど離れたところにあった。そしてその向こうに、こちらへ向かって走ってくるバスが見えた。

やばい…。

バス停には誰もいない。この時間に元郷で下車する乗客なんていないだろう。このままだとバスは通過してしまう。

走った。限界ダッシュで走った。大きく手を振りながら、道路を斜め横断して走った。側から見たらよたよたしてたかもしれないが、これが今の全力だ。

運転手はこちらに気づいてくれたようで、バスはウィンカーを出して停車する意思を示してくれた。

まにあった…。

バス停に着いたのとバスが停車したのは同時だった。流れ落ちる滝汗を拭うひまもなくバスに乗り込んだ。

2024年7月