君の登山は楽しいか? – 高妻山

暑い、重い、暑い、重い

風は無く気温は高い。長丁場なので多めに持ってきた水が、両肩に背中にずしりとのしかかる。

暑い、重い、暑い、重い

たまらずザックを投げ出して腰を下ろした。今回は暑さ対策でうちわを持ってきている。うちわを扇いで風を送ると、なにも無くじっとしてるよりいくらかマシだ。

沢沿いを休み休み登って、2時間半で一不動避難小屋に着いた。予定より遅れているが、この後、挽回できる見込みは薄い。

ようやく前半戦が終わったところだ、まだまだ先は長い。ここからは尾根上を進む。

登りが続く。足は重く、進みは遅い。早朝は晴れていたが、気温が上がってガスが出てきた。天気がイマイチだと気分も上がらない。

つらい、苦しい、暑い、重い

いったいなぜこんなことをしているんだろう。なぜ山に登ったりしてるんだろう。登りたいから登ってるんだ、ほんとにそうか? 汗を吹き出して苦しむより、のんびり温泉に入ったり、寝転んで漫画を読んだり、美味しい食事や酒を楽しんだりしたほうがずっと良いのではないか?

高妻山はさすが百名山。樹林帯の長い地味な山だが登山者は多い。暑さとどこまでも続く登りにやられてバテ気味の人も多い。あなたたち、ほんとに登山を楽しんでますか?

五地蔵山を通過して、弥勒尾根からのルートと合流した。いよいよここからが本番だ。

登山者が多いと同じペースの人たちと抜きつ抜かれつになる。ここまで何度も顔を合わせた二人組が、たいへんですねと声をかけてきた。たいへんですねと言いながら、その顔は楽しそうだった。たいへんだから楽しいのではない。どちらかと言えば楽しくはない。でも、思わず楽しくなってしまう気持ちはよくわかる。

自分にとって登山は旅だ。歩いて行く旅。山頂は確かに目的地だが、手段を選ばず目的地に着けばいいというわけではない。すべての装備に水と食料を背負い、自らの足で黙々と登り、そして帰ってくる。その一連の行為の中に楽しみを見出しているのだ。たとえそれが暑くて重くてつらくて苦しいとしても。

五地蔵山からはいったん大きく下ってから高妻山に登り返すことになる。この最後の登りが崖をよじ登っていくようで、見るからに急峻であった。

最後の最後にこれかよ…。

さすがにちょっと心が折れて、登りの手前でへたり込んでしまった。

先ほどの二人組が追いついてきた。つかれちゃいましたか?と言いつつ、自分たちもつかれてよれよれになりながら登っていく。たいへんだたいへんだと言いながらも楽しそうだ。

さて、自分も行くか。

しかし、この最後の登り、マジで急でマジで長い。つかれてるからそう感じるのかもしれないが、ここまでの長丁場を歩いてきたら、だれでもつかれているだろう、つまりはだれにとってもキツいのだ。

這々の体で急登を登り切ったが、山頂はまだ先だった。まだあるのかよと心の中で悪態をつきながら進む。やっと着いたと思ったのは手前の十阿弥陀とかいう場所で、山頂はさらに先だった。ほんとドS山だよ、高妻山は。

山頂に到着し、ザックを投げ出して寝転んだ。つかれた、マジつかれた。真夏に来るとこじゃねーな。

うちわで風を送りながら考える。ほんとは乙妻山まで行くつもりだったがどうしよう。帰り道もあるのに、さらに往復2時間プラスする気にはなれない。予定よりだいぶ遅れて時間も厳しい。それでもいちおう縦走路の先を見に行ったが、ガスに巻かれていたのでやめることにした。一瞬だけガスが切れて見えた稜線は、けっこう下ってけっこう登るようだった。うん、やめだやめだ。それよりも体を休めよう。体温が上がり過ぎて頭がボーッとしている。それにやけに眠い。乙妻山ピストンの時間は昼寝に使おう。

ザックを枕にして眠った。

目覚めると、あんなに賑わっていた山頂も閑散として、静かな空気が流れていた。時計を見ると1時間以上も眠っていたようだ。多少は快復したかな。さて、長い長い下山に向かうか。

歩き始めてみたものの、まだ意識がはっきりしておらず朦朧としているのが自分でもわかる。

あまりに意識朦朧としていて、下山は弥勒尾根のつもりだったのが、いつのまにか避難小屋に向かっていた。気づいたのは五地蔵山も通り過ぎて大きく下ったところだった。登り返してもどろうとしたが、少しだけ登ってやっぱりやめた。登りはつかれるし遅い。このまま行きと同じルートで沢を下ったほうが速そうだ。

遅い時間に山で出会う登山者は、早い時間の登山者とは様子が違う。登山は早出早帰りが基本だが、遅い時間の登山者はだいたい基本を無視した人たちだ。もしくは早出したのに遅くなってしまった人たち。

バテバテで歩けなくなったのか座ったまま尻歩きで下っている兄ちゃんがいた。大丈夫かよと思ったが、ガイドらしき人物が同行していたのでスルーした。あの兄ちゃんは登山を楽しめてるだろうか。もうこりごりだと思うだろうか。

避難小屋まで来ると、中年夫婦と高齢男性の3人が休んでいた。高齢男性は戸隠山から来たそうで、怖かったありえないと楽しそうに話していた。夫婦は高妻山からの帰りで、ようやくここまでもどってきてホッとしていた。

三人ともバスで長野までもどるので、最終バスに乗り遅れないようにと下山していった。私は車なのでゆっくりしてからのんびり下る。

下り始めてまもなく、先ほどの中年夫婦に追いついた。えっ、もう追いついちゃった!? だいぶ長いこと避難小屋の前で休んでたというのに…。

その先では、戸隠山回りの高齢男性が、よれよれヨボヨボでカタツムリのような速度で歩いていた。あまりにつかれているのか、私が追いついてきたことにもしばらく気づかなかった。

大丈夫かよ。コースタイム通りで下ればバスに間に合うが、どう見てもコースタイムから大幅に遅れているぞ。

さすがにこのメンツよりは速い。沢沿いを比較的快調に下っていく。といってもつかれているので、ほぼほぼコースタイムだ。ということはやっぱりあの三人、バスに乗れないじゃん…。

下山したのは、長野行き最終バスが発車する10分前だった。あの爺さんも、バスに間に合うようにがんばると言っていた夫婦も、あと10分で降りてくることはないだろう。車なので、なんなら送ってあげようとしばらく待っていたが、一向にだれも現れないし温泉の営業が終わってしまうので帰ることにした。まあ、バスがなければないでなんとかするだろう。そんなことも含めて登山だ。今日という日が記憶に残る登山になるのは間違いない。

最終バスに乗り遅れた中年夫婦の登山は楽しかっただろうか?
同じく最終バスに乗れなかったヨレヨレの爺さんはどうだろう?
バテバテで降りられなくなってた兄ちゃんは?
たいへんだたいへんだと連呼してた二人組は?

暑さと重さにやられ、つかれきって下山した自分は?

うん、もちろん楽しかった。

君の登山は楽しいか?

 2024年8月