谷川主脈 in the rain – part1
稜線に出ると、強い風が吹き付けた。雨は朝から降り続いている。
出発してすぐに降り始めた雨は、標高を上げるにつれて雨脚も強くなってきた。雨の流れる登山道を歩き、濡れて滑る岩場を登った。風景はガスの中だ。それでも上へ上へと進んだのは、午後から天気は回復する予報だからだ。ここさえ耐えればいい、そんな気持ちで登ってきた。
西黒尾根は東斜面なので西風を受けることはなかった。しかし、稜線まで上がれば吹きさらしだ。雨混じりの強風が吹き付ける。
とりあえずトマの耳へ登り、オキの耳まで行くのはやめて肩の小屋まで降りてきた。ここから平標山まで主脈を縦走するつもりで来たのだが、風と雨に気持ちが萎えて、小屋の陰で風雨を凌ぐ。
何度もここに立ち、この先の美しい稜線を眺めて、いつか歩きに来ようと思ったその風景も、いまはまったく見えない。視界は数十メートルしかない。
せっかく来たんだ、こんな天気だけど行こう、意を決して小屋の陰から出るも、出たとたんに強風に煽られて再び小屋の陰に隠れる。そしてまた、どうしようかなと考えるのだ。
これを何度か繰り返したが、さすがに諦めた。下山しよう。その前にせっかくだからオキの耳は登っておこう。そう決めて主脈縦走とは反対側へと歩き始めたら、なんだか風が弱まった気がした。気のせいかもしれない。でも心は確実に変化していた。これなら行けるんじゃないか? 小一時間も、いったい何を迷ってたんだ? このために来たんじゃないのか? そう思うと、Uターンして小屋までもどり、そのままの勢いで主脈へと踏み出した。
風は弱まったとはいえ、まだ強く吹いている。高い木の生えてない谷川主脈は吹きさらしだ。いまが盛りと群生して咲き誇るハクサンイチゲも、風に激しく揺れている。雨はずいぶん小降りになった。確かに天気は回復してきている。午後にはスカッと晴れるだろうか。信じて登るしかない。西黒尾根で出会った人たちとは、みな同じような嘆きと期待の入り混じった言葉を交わし合った。
西黒尾根を登る人もそれほど多くはなかったが、主脈にはほとんど誰も歩いてこない。何人かのトレイルランナーに抜かされた以外は、ずっとひとり旅だ。
谷川主脈は何気にキツい。穏やかに波打つように見えていた稜線も、歩いてみるとけっこうなアップダウンがある。いまは視界が無いので、どこまで登れば終わるのか見えないのもつらい。あそこまで登れば下りだろうと見上げたところまで登っていくと、その先にも続く登り道が、靄の中にぼおっと浮かび上がっている。
ミストのような雨は降り続いている。じわじわと体温を奪われ、体力を削られていく。登山靴の中にも水が溜まってきた。靴下はすっかり濡れている。
ここまでの岩場はすべて登りだったが、初めて下りの岩場に差しかかった。濡れた岩場の下りは危険だ。それでなくても滑る岩が、雨に濡れていっそう滑りやすくなっている。万が一にもツルッといけば、谷底まで落ちて行きかねない。足元はガスで真っ白だが、数100メートルは切れ落ちているはずだ。
後ろ向きになり、慎重に少しづつ降りていく。どこまで降りれば終わりが来るのか、まったく見えない。とにかく今だけに集中して降りていく。ようやく終わったかとひと息ついても、その先もさらに岩場の下りが続いている。緊張感と先の見えない不安で、精神がすり減っていく。
ずいぶんと時間をかけて岩場を降りた時には、ぐったりと疲れていた。
つづく