イザベラ・バードの愛した町 – 金山
英国人の紀行作家イザベラ・バードは、開国まもない明治の日本を訪れて東北地方から北海道までを旅した。その旅の様子をまとめた『日本奥地紀行』の中で、イザベラは金山の印象をこう著している。
「険しい尾根を越えて、非常に美しい風変わりな盆地に入った。ピラミッド形の丘陵が半円を描いており、その山頂までピラミッド形の杉の林で覆われ、北方へ向う通行をすべて阻止しているようにも見えるので、益々奇異の感を与えた。その麗に金山の町がある。ロマンチックな雰囲気の場所である」
『日本奥地紀行』では、明治初期の東北の寒村の様子が、率直かつ精緻に記されている。
イザベラは、宿泊所でノミやシラミの大群に襲われたり、障子の穴から部屋の中を覗かれたりした。また、村人は不潔で皮膚病を患っている者も多く、貧弱で哀れな印象を与えた。
だが、ここ金山は違ったようだ。イザベラは金山を気に入り、数日間滞在している。
金山の町は、こじんまりとして美しい。大堰には清らかな水が流れ、町の背後にはイザベラ・バードがピラミッド型の丘陵と記した薬師山が聳える。
切妻屋根に白壁の民家が、町並みにメルヘンな要素を加えている。
金山は町並みの継承に力を入れていて、古い建物の修繕と保存だけでなく、新築の建物もこの金山型住宅での建設が推奨されている。地元産の建材を使った伝統的工法での建築には補助金が出る。
この制度は昭和58年から開始されている。当時は、町並み保存の機運などまだまだ高まっていなかった。そんな頃から、100年後の景観を見据えた町並み造りが継続されているのだ。
訪れた日は、地域の産物を販売するイベントが開催されていて、町には屋台が並び、多くの人が訪れていた。
屋台を冷やかして歩いていると、老紳士に話しかけられた。
「いい日に来ましたね」
私が東京から来たと知ると、老紳士はそう言った。
「また来てくださいね」
短い会話にも、町への愛と誇りが滲み出ていた。
2023年5月