炭治郎と将門と夜明けの山頂 – 七ツ石山 / 雲取山

特に行くあてもないけど、どこかへは行きたい。あまり遠出はできないけど、テント泊はしたい。そんな時に行く先は決まっている。雲取山だ。

大ヒット中の「鬼滅の刃」の主人公、竈門炭治郎が雲取山の出身とされているので、登山口には漫画にあやかった幟が立っていた。大人の事情なのだろう、この幟、よく見ると地名山名以外には何も記載がない。それでも炭治郎と禰豆子を表してると推測できる。なんのためにここにあるのかはわからないが。

小袖の登山口から少し登ると廃屋がある。炭治郎はこのあたりに住んで炭焼きをしていたのだろうか。でもここだと雲取山出身とは言い難く、どう考えても七ツ石山出身だ。もしも雲取山に住んでいたら、里から遠くて炭を売りに行くにも不便だと思うが、そこは漫画だから細かいことは気にしてはいけない。

現代の主役が竈門炭治郎なら、かつての主役は平将門だ。鴨沢からの登山道は将門の敗走ルートだという説もある。登山道には将門伝説を記した道標が設られている。

茶煮場、風呂岩、堂所と将門一行が休息した地を通過していく。登山口近くの小袖では沢で水浴びをし、茶煮場では茶を沸かし、風呂岩では風呂に入り、堂所では胴を外して休み、それにしても将門休憩し過ぎだろとツッコミたくなるが、ところがその時、将門一行に突如悲劇がおこったのである。ジャジャーン!(次の道標に続く)

世界に類例を見ない連作物語形式の道標、何度も来ているにもかかわらず、毎回読んでしまう。

七ツ石山の山頂では、将門一行に倣って大休止した。

雪の上にマットを広げ、足を投げ出して座り、ガソリンストーブで湯を沸かしてラーメンを食べた。

南アルプスが端から端までくっきり見えている。甲斐駒、仙丈、北岳、間ノ岳、農鳥、塩見、悪沢、赤石、聖、上河内。

ああ、なんとも気持ちの良い空だ。

いままでなら初日の歩行はもう終わったようなものだ。しかし奥多摩小屋がなくなったのでそうもいかない。雲取山を超えて雲取山荘まで歩かねばならない。

いつもの調子で食料や酒類を適当に詰め込んだザックは大きくて重い。これを背負って山頂に登るのかと、少々うんざりした。奥多摩小屋の跡地を通過するときは、ほんとだったらここで終わりなのにと愚痴もこぼしたくなった。

だいぶヨレてきたので、人生で初めてヨモギの頭は巻いてしまったが、それでも雲取山には巻かずに登った。

山頂でたっぷり時間をつかい、雲取山荘に到着したのは、午後2時30分だった。

翌朝は夜明け前から山頂に向かった。空身なのであっという間に到着だ。

東の空は山吹色に染まり、西の空は紫紺のグラデーション。明るい月が浮かんでいる。

やがて太陽が姿を現し、風景が黄金色に輝く。

山のこの時間が好きだ。

日がすっかり登ると、いつもの見慣れた景色になった。

山荘にもどってテントを撤収し、初めて雲取山の巻道を歩いた。雪が深くて山頂越えより時間がかかった。七ツ石山には立ち寄らず、ブナ坂から下った。

登りは将門一行のようなのんびりペースだったが、下山は炭治郎のように駆け降りた。

2021年1月