湯立人鉱泉

梓川の岸辺の畑の中にひっそり佇む一軒家。

なんの変哲もない普通の民家で、知らなければここが風呂屋だとは思わないでしょう。

なんの看板も出ておらず、目印は玄関先に掲げられた小さな「営業中」の札のみです。

玄関をくぐると小柄なおばあちゃんが出迎えてくれます。

広間に通され、おばあちゃんとお話ししていると、なんとも田舎の実家に帰ってきたような不思議な気分になります。

お風呂は、小さな浴槽と洗い場がふたつのみ。混雑することもないから、これでもじゅうぶんです。

特筆すべきは、女湯との仕切りの低さです。

目線より低く、簡単にのぞけてしまいます。のぞく気がなくても、向こうでも立ち上がると確実に目が合ってしまい、気まずい思いをすることでしょう。

風呂から上がって広間でゴロッと横になっていると、おばあちゃんがお茶と自家製の漬け物を持ってきてくれます。

扇風機の風に吹かれて、縁側の向こうののどかな景色をぼんやり眺めていると、まるで昭和の少年時代に遡ってしまったかのよう。

時空の揺らぎの向こう岸にあるこの広間では、時間がたゆたうようにゆっくりと流れていきます。

笹子鉱泉が廃業し、日の出鉱泉もやってたりやってなかったりで、貴重な中央線沿いの風呂屋として営業を続けている湯立人鉱泉も、いまのおばあちゃんの代でおそらくおしまいでしょう。

土日はたいていやってるとのことなので、こんどは時間を取ってゆっくりと、ビールでも飲みながら、のどかな午後を過ごしに来いたいですね。