秘境の今 – 秋山郷

秋山郷。

西を鳥甲山に、東を苗場山に挟まれた中津川沿いの渓谷に沿って点在する集落をまとめてそう呼ぶ。

群馬県の野反湖から北へ流れ出た中津川は山間部でいくつかの支流を合わせ、長野県栄村から新潟県津南町を経て信濃川と合流し、日本海へと至る。

長野県栄村は東京都の武蔵村山市と姉妹都市提携を行なっていて、武蔵村山市役所のエレベーター内には秋山郷のポスターが貼られていた。多摩地区に勤務していたころは、仕事で武蔵村山市役所を訪れるたびに、山深い秋山郷の写真を眺めたものだ。

秋山郷には、上流の長野県内に5つの、下流の新潟県内に8つの集落がある。

最奥の集落は切明だ。切明には温泉宿もあるが、川岸を掘ると自然に温泉が湧き出てくる。

切明までは中津川に沿って国道が通っている。上流から下流へ、切明、和山、上野原、屋敷、小赤沢が長野県栄村、大赤沢、前倉、見倉、結東、清水川原、逆巻、見玉、穴藤が新潟県津南町の集落となる。

切明から下流へ、集落を訪ねながら下った。

集落は必ずしも国道に沿っているわけではなく、いくつかは、国道からそれて山側に登った先へと広がっている。

かつては冬になると雪に閉ざされる秘境の地だったが、いまでは除雪もされるのでそれほどの秘境感はない。とはいえ、人が住むには山深い地であることには変わりない。

鳥甲山から見えていた集落は上野原であった。

トタンで覆われた茅葺き屋根の民家が斜面に点在している。

鳥甲山への登山口近くにあるのが屋敷集落である。

比較的大きな集落で、いまでは営業してなさそうだが、かつては食堂もあり、民家を改造したらしき民族資料館もあった。

国道沿いの小赤沢が長野県側の中心地のようだ。ここには、他では見られない営業している商店があり、なんと観光案内所もある。少し登ると木造の鄙びた温泉もあった。

温泉に関しては、ここだけでなくそれぞれの集落にあり、入浴も可能なので、温泉巡りに訪れるのも悪くない。今回は時間がなくて入れなかったが、どこかひとつくらいは入ってみたかった。

秋山郷で最も小規模な集落が見倉だ。わずか四世帯が暮らす、まさに秘境の集落だ。

いまは集落の横をわりと広めな舗装路が通っていて、秘境感はあまりない。しかし、徒歩のみでしか移動できなかった時代は、ここは世界と隔絶した地であったに違いない。ここで生まれ育ち、または嫁いできて、暮らし、老いていくとうのは、どんな感覚なのだろう。それは、町育ちの自分には想像できない。

見倉の住民はみな高齢だ。いまここに住んでいる人たちの後は、だれもここに住むことはない。次の世代には継承されない集落。日本全国にはこんな土地が無数にある。すでに消えた集落も多い。これからの数年間で、さらに多量の集落が消滅するのは間違いない。

まもなく平成も終わる。明治維新から続くひとつの長い時代の終わりを、これから日本は迎えようとしている。

その後がどんな世界になるのかは、まだ誰にもわからない。